
玄関を抜け、囲炉裏のある部屋に通されると一輪の花に目をとめていた。
近づいて何の花かと尋ねることもなくしばらく座ったままその花を眺めながら、確かに美しいと感じていた。
不思議な驚きのような感覚、一輪の花とひとつになったかのような静かさ、穏やかさ。
それなのに躍動する感覚まで心に宿していたことを今でも鮮やかに覚えている。
ほっとしている自分と出逢える幸せはある。
この花の名前を知り、花言葉まで思い浮かんでしまう自分がそこにいたら、花との一体感を味わう瞬間はなかったかもしれない。ありのままに、只々そこに居たからこそ感じる豊かさに恵まれた瞬間。
聴福庵、素敵な名前を付けられた。
そっとしているだけなのに小さな幸福が聴こえてくる古民家。
一輪の花だけではなく囲炉裏の炭火も庭の井戸も、簾がつくる陰も、また障子も土壁も、すべてがいきいきとしつつとても素朴で丁寧な息遣いを与えてくれる場所。
すべてが板張りの床のように黒光りした存在感に溢れる温かな家。
「それにしても子どものころは想い出すだけでも楽しい」と、ある作家は言っていたなと何とも自分が子どものころに包まれていた空気のように聴福庵は懐かしい。
また今年の秋あたりに伺うことを密かな楽しみにしている。








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