
まさしく、徳、循環、祈り、暮らし、マインドフルネス。この単語たちと出逢い始めた頃、わたしは明らかに人生の転換期にありました。
どれかひとつだけではなく、全てが全てに繋がっている。さて、その理解にはひとつひとつの実感と納得があるかどうか。これは、大切な実体験や、想いの具現化をやり続けることで真にこの単語たちの中にある真髄が身に染みていくのだと感じています。
そんな中、徳積財団の行われる活動にはその真髄がまざまざと映し出されていました。こんな場所があるのか!という衝撃と共に、ここに集まる方々の在り方にあえて言う言葉も必要ないのではないかと。
そう思いながらも、これから出逢うべくして出逢う皆様と繋がっていく未来の景色に向けて、わたしなりに言葉を残させて頂きます。
祈り舞う。その場を与えてくださった立春。このような働きをさせて頂いた時はもちろん、お米を自然農で育てたり、守静坊のお掃除をしたり、滝行を共にさせて頂いたり。とても特別で、とても自然なことなのだといつも不思議な感覚になります。このように暮らしていたであろうタイムスリップ感と、未来の暮らしを体験しているような新しい感覚です。
今思うと、それは祈りが届き続けているようなその循環の中に身を置いているということ。はたして日常でそのような暮らしができているだろうか?こんな問いがうまれてくる気づきを感謝して受け入れる。そして、この暮らしや循環が遠い昔から遥かな未来まで祈り届くのだと思わざるをえない程、心に響いてくる。そんな響きがわたしの人生に届いてきてより一層この豊かさにありがたい徳を感じます。ものが沢山あるとか、良い人がいるとかそういうことではなくて、このような場所にどんな自分で在り続けるかということ。
時を忘れて祈り、體をもって丁寧に暮らす。徳積財団のこの場にはそんな愛の循環が滞ることなく在り続けています。
いつでも出逢えるし、今しか出逢えない。そんなあなたと、そんなわたしと出逢えるこの場がどうかどうか未来へ届きますように。









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