
「聴福庵」は、旧長崎街道に面する築150年の古民家である。かつて炭鉱の町として日本を支えた飯塚市が誇る史跡、歌人の柳原白蓮が嫁いだ炭鉱王、伊藤伝右衛門の邸宅は、その真正面である。そんな大事な場所に立っていた民家が空き家になり、だんだんと朽ちていくのを残念に思った野見山さんが、沈んだ柱を起こし、壁も柿渋で磨きあげ、丁寧に改修したものだ。最初に泊めていただいたその晩に、私は、その風情にすっかり魅せられてしまった。庭の手掘りの井戸の存在感だろうか、それとも大きな漬け物樽を再利用したお風呂の効能だろうか、そこに居るだけで何とも癒される場なのだ。
もう一つの魅力は、命のぬくもりを伝える炭火料理と窯炊きの米、地元の無農薬の野菜にこだわった食事。20年以上前から、東京の社員たちと「むかしの田んぼ」と名づけた千葉県の自然栽培の田に通っているという野見山さんは、今、故郷の飯塚で絶滅しかけた在来の堀池高菜の保存に力を注いでいる。もう、その種取りをしているのは、野見山さん一人で小ぶりだが、旨みが深いこの堀池高菜を、自ら山の畑で守りながら、地域の人たちと協力し生産者を増やし、故郷である飯塚市の名産として復活できないかと考えている。

山や湧き水とつながった美しい「場」や「家」を通じて、日本人の心は甦生できる、と野見山さんは考えている。言う。都会のオフィスで忙しく働く人たちに、本物の暮らしを通じて、五感で味わい尽くし、心身が整うような経験ができる「場」を創りたい。そして、時代を引っ張っていくような職場で働く人々が、そんな「場」を通じて、新しい循環型社会の雛形を体験することで、環境の世紀に、次世代のための希望あるヴィジョンを抱いて欲しい、そんな願いが詰まった場である。
しかも野見山さんは、九州の霊峰、英彦山の宿坊を再生し、その精神文化を思い起こそうと呼びかけている一人でもある。何と江戸末期の英彦山には神と仏を祀る三千人の修験者が暮らし、八百もの宿坊があったという。それが明治の修験道禁止令によって山伏文化は消え、私たちは、その見えない精神文化を忘却して久しい。
そんなわけで、福岡育ちの私には、飯塚市に生まれた「聴福庵」を中心とする古民家や宿坊再生の新たな「場」は、ただただありがたく、誇らしいパワースポットなのである。








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