
ワクワク,ゾクゾクする体験「暮らしフルネス浄化と供養コース」を過ごしました。キラキラした宝物のようなひとときは,たった3日という短い時間なのに不思議な威力を人生に放ってくれています。
大好きな友人に誘われて,福岡空港にとりあえず行けばなんとかなると,深夜に到着。
どこへ行くのか、何をするのかもあまりよくわからないままのミステリーツアーのスタート。
仙人のような方がお世話をしてくださるとの事でしたが
お出迎えくださった,野見山さんは仙人というより爽やか癒し系
皆さんの顔がやっとわかるくらいの蝋燭だけの闇の中で、なにやら素晴らしい骨董品のおちょこで日本酒を頂き,自然に深いお話に。
本物のお布団に包まれて眠る心地よさに,
生き返った〜まずは衝撃の夜でした。
朝目覚めるとそこには一つ一つ丁寧に,磨き上げられた建物,そして物たち。妥協を許さないとことん追求された美、センスの良さ、
まさに、この家は生きている,この物たちは命がある,感激して何度も涙がでました。
なんとも言えない興奮は、あれから時がたってもまだ続いています。
人は,素敵な空間,景色,お食事,音楽などで癒されますが,通常は日が経つごとにその感動も薄れます。ですが!!
この場のすごいところは日が経てば経つほど,その感動が都会に戻った日々のなかで、むくむくと蘇り日々の生活にうるおいを与えてくれるところ。まさに野見山マジック!
本物って凄い!
予定には、お手入れとあり、友人たちと、ん?エステ体験?など想像。ですがそれはお役目を終えて煤を被った花台や、器や,花瓶を蜜蝋で磨き上げることで,一同大爆笑!
ですが、このお手入れ体験が、まさに,自分と向き合う禅の世界。捨てられていたような骨董品を磨き上げると,どんどんの本来の美しさが蘇り,まさに命が息をし始めます。どんどんとその物の持つ本来の役割がシンプルに見え始めます。そうしたものを,床の間に飾るのでなく惜しみなく日常に使う。
その体験を通していかに日々の生活の中で,自分らしく無いことをしていたか。自分を磨いていなかったか。ということにふと気づかされました。
日々生きていると,意外と周りの声に振り回される自分がいます。
あの人がこんなふうに言っていた
あの人はこう思うんじゃ無いかな?
あの人と比べて私はとか、
あの人たちは楽しそうにしてるなどなど
気がつくと頭の中は
あの人〜という他者に振り回されています。
究極の癒しとは,周りに振り回されない
ぶれない自分らしさを取り戻すことだと思います。
人があれこれ言っていても
大切なのは,その評価に振り回されることなく
自分自身が会った時に感じる
この人好きかな?この人といると楽しい
これをすると楽しい,ここが好き
それに尽きるのでは無いでしょうか
人の評価を気にしすぎて
本当に自分のやりたいことに勝手にブレーキをかけてしまってるのではないか?
好きな服を着たくても、なんだかちょっとういちゃうかな?と思って,無難なものを着たり
グループで食事にいけば、なんとなくみんなの意見に合わせ,ほんとに食べたいものを食べていなかったり
付き合いで人に会ったり,見栄を張ったり
私がするべきことは
そんなことではなく
私らしく今日を1日過ごすこと
頭の中でゴチャゴチャ考えすぎずに
自分が嬉しい人に会い
自分が嬉しい場所に行く
自分が嬉しい事をする。
そうすることにより,本当の自分の役割が見えてきます
空海さまは、
自宝を知らず狂迷を覚とおもえり
愚にあらずして何ぞ
というお言葉を残されています。
自分の中の宝に気が付かず迷い悩むほど愚かなものはない。
野見山さんの創造する場は、そんな自分の中の宝物をしっかりと見つけることのできる空間です。
時折,訪れて,自分の軸をしっかり整えたい
心の喜びを取り戻す空間です









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