「聴福庵の持つ偉大な可能性」 -花坂雅之

2023/07/07

玄関を抜け、囲炉裏のある部屋に通されると一輪の花に目をとめていた。
近づいて何の花かと尋ねることもなくしばらく座ったままその花を眺めながら、確かに美しいと感じていた。
不思議な驚きのような感覚、一輪の花とひとつになったかのような静かさ、穏やかさ。
それなのに躍動する感覚まで心に宿していたことを今でも鮮やかに覚えている。
ほっとしている自分と出逢える幸せはある。
この花の名前を知り、花言葉まで思い浮かんでしまう自分がそこにいたら、花との一体感を味わう瞬間はなかったかもしれない。ありのままに、只々そこに居たからこそ感じる豊かさに恵まれた瞬間。
聴福庵、素敵な名前を付けられた。
そっとしているだけなのに小さな幸福が聴こえてくる古民家。
一輪の花だけではなく囲炉裏の炭火も庭の井戸も、簾がつくる陰も、また障子も土壁も、すべてがいきいきとしつつとても素朴で丁寧な息遣いを与えてくれる場所。
すべてが板張りの床のように黒光りした存在感に溢れる温かな家。
「それにしても子どものころは想い出すだけでも楽しい」と、ある作家は言っていたなと何とも自分が子どものころに包まれていた空気のように聴福庵は懐かしい。
また今年の秋あたりに伺うことを密かな楽しみにしている。
                             

「場がととのえるもの、未病の暮らし」-辛島正英

2023/07/07

場と言えばいろんな場があります。
住んでいる家や職場、お寺や神社、近くの山や川などの自然といった、広く自分が身を置く所を指すと思います。
場というのは不思議なもので、意識や感情も変化します。
場によって昔の出来事や記憶が甦り、気分が良くなったり感傷に浸ったり、時にはトラウマのような心境が呼び起こされることもあるでしょう。
そして、場が人の心を癒すこともあります。
人によってはお墓が癒しの場になったりします。
今回は普段の居住空間に限って言えば、この場は題名にあるように「ととのえる」ことが自らの意志のいかんによって割と可能な場と言えます。
近代は忙しいせいか、なかなか居住空間を整えたりする余裕がない人も多いでしょう。
特に居住空間は毎日身を置く場所です。
場所がととのえば心も変わります。
心が変わればいろんなモノが違って見えてくるでしょう。
心がシンプルになれば余裕が出来、自己の執着にも気付けたりするものです。
逆に、ととのってない状態ですと、どこか心の中で「掃除しなきゃ」「結局今日もできなかった」と言った内なる声がずっと脳内に語りかけてくるものです。
そうなれば頭の中が、未消化のいろんなものを抱えて、物事を見る目や、自己を見つめる余裕が削がれてしまいます。
題名に「未病の暮らし」とは言いましたが、身体の病というよりは心の健康のことを指しております。
情報過多で心がいっぱいになりがちな時代だからこそ、意識的に場をととのえる事を日々の習慣に取り入れたいものです。

「静けさに守られた、身心の調う場所 」-星覚

2023/07/07

守静坊を初めて訪れたのは、2022年春のことでした。人が足を踏み入れることをためらうほど朽ち果てていたこの宿坊の蘇生を試みていた広明さん(親しみを込めて野見山広明氏をこのように呼ばせてもらいます)と不思議なご縁があり、茅葺の張り替え行持にご招待頂いたためです。その時の守静坊は回収中ということもあり屋根も建具もなく、家の周りは落ち葉や枯れ枝が堆積し、人どころか野生動物も近寄らないのではと感じたものでした。
それからありがたいことにほぼ毎月の頻度で英彦山にご招待頂き、徳積財団の皆様がその場を再生していく過程を拝見してきました。否、拝見というよりも、再生にご一緒させてもらった、というべきでしょう。
言葉ではなく、行為を共にする。
徳積財団の活動の特筆すべき点は、ここにあります。
徳と聞いて多くの人は「徳は言葉にするものではなく、人知れず実践するもの」であると思い浮かべるのではないでしょうか。久しく徳を懐かしんでいる徳積財団の方々がそれを熟慮しないはずはありません。それでも、そのような反論を覚悟してあえて、言葉に出して徳を再興しようとしているのはなぜでしょうか。
一度守静坊を拝見し、茅葺を人たば担いだだけではよくわからなかった疑問は、こうして守静坊に通っているうちに少しずつ解けていきました。
広明さんは古いものを磨き清めること、そうして新たに澄んだ空気を人と共にすることが大好きなのです。禅寺ではこのような姿勢を作務と言います。つまり広明さんは作務が大好きなのです。
毎月直観に従ってご縁のある場所を訪ねる道中に、本来自分と直接関係のない、例えば誰も足を踏み入れていなかったような道すがらの神社、祠、お地蔵さんなどで足を止め、そこで掃除を始める、時間が許す限り延々と手作業で清め、磨き続け、誰にお礼を言われることもなく、神仏に手を合わせ、静かに去っていくのです。
言葉に出すべきでない徳を前面に出して活動することは、控えめに言っても無茶です。よほどの平衡感覚がなければ独善的になってしまうでしょう。しかし徳積の皆様の日々の暮らしを見ているから、広明さんらの試みていることが針の穴を通すような可能性に賭ける本気の活動であることが伝わり、応援したくなるのです。
広明さんは実際に徳の世界とは正反対のようにも思える会社経営の分野で子供達のための幼児教育に関わる会社を20年以上経営して利益を出しながら、一方で利益よりも徳を積む行為を優先させる活動を自ら実践し、社員一人一人が心を和してそれに取り組んでいます。ほとんどの人にはそれを語ることさえしませんが、この結の徳積は昨日今日、机上で思いついて掲げ始めた言葉ではないのです。
まずは一緒に「自分とは関係ない場所」を掃除し、床を磨いてみましょう。一緒に先人を偲び、沿道を掃き清め、床や壁を磨き、石や木にお参りすると、一歩一歩静けさが深まっていることを感じます。すると本来「自分とは関係ない場所」はどこにもないと、私たちが静けさを守っているのではなく、静けさに私たちが守られていると感じられてくるのです。
誰のおかげ、何の見返り、ということもなく「ただそこにいる」ことができる場は価値の交換と所有を前提とした資本主義が生活の隅々まで浸透している昨今では貴重です。
守静坊はそのようなご縁に導かれた人の見返りのない想いによって守られています。それゆえに、人はもちろん、動植物もバクテリアだって、そこにいる全ての存在の静けさが守られる、稀有な場なのです。でも人間って、私たちの身体って本来はそういったご縁の集合体ですよね。だからこそ、守静坊は安心するのかもしれません。
こういった場が伝承されていくのは、これを見返りなく読んでくださっている皆様一人一人の存在のおかげです。私はこの奇跡こそ徳と言えると感じます。最後まで読んで下さりありがとうございます。今後もこの場が静けさをいつまでも携えていけるよう、謹んでお祈り申し上げます。
九拝

「古きを知りこれからの伝統文化をつくる」- 岩永昌子

2023/07/07

数年前から飯塚で古民家を再生している人がいると何となくは知っていた。
しばらくすると英彦山にある宿坊の屋根をトタンから茅葺きにもどすという。
本気の人のもとに私も行こうと思った。
それが野見山さんとの初めての出会いだった。
茅葺き屋根再生の場では大型トラックが入れない場所でバケツリレーのように茅を運び
いよいよ職人さんが屋根を拭き始めるとまだ長さがまばらな
茅を切って整えるという体験もさせていただいた。
こうして仕上がった屋根は昔は行われていたであろう、みんなで作った『結』の屋根だ。そして山の中にあるその場は、鳥の声をきき、緑や土の香りがし、
春になれば縁側から枝垂れ桜がみえる最高の『場』であり、
私にとっても大切な場所のひとつとなった。

再生された古民家にはいると身体が自然と落ち着く。
茅の屋根、木の柱、木の床。自然の中に居るのと一緒だ。
日本人がずっと暮らしてきた場所。
窓を開ければ、季節の花が咲き、鳥の声がして土や緑の匂いがする。
雨の日は雨音をきく。

現在の遮音、断熱優先のコンクリートのマンションでは五感が遮断されてしまうようで、どれもあまり感じられないものだ。
そこで育った感性はどうなるだろう。

今まさに感性を取り戻すためにも、そこに根ざし続いてきた人々の感性で育った伝統の文化や行事を真の意味で見直すぎりぎりの時期が来ていると感じる。

10年ほど前にある神社で神楽を作るということを経験した。
舞や道具、飾りにたくさんの意味があり、この地域の特徴や昔はどうであったか、
他の地域で今もつづくものはどうであるか本当の意味でその伝統や
文化と向き合うこととなり、集まった多くの人と話し合い作り上げていった。
新しいことを生み出すことはパワーが要る、けれど楽しい。
若いエネルギーはただただ守るというだけでは力が余る、
だから失敗を恐れず、だれもが創ることをやってみてほしい。

日本中に地域ごとに特色のある文化や伝統、行事が残るのは
その創る楽しさが残したものではないかと思う。

伝統は守り残しながら、またそれを元に創造して新しい伝統を創っていく。

野見山さんは伝統的な住まい、農業、行事、さまざまな古きを学び、磨き、今に合わせ蘇らせ丁寧に実践し一緒にその体験をさせてくれる。

先日も山の中にある弁天様へ続く参道を修繕すると声をかけてもらい参加した。
作業で道がきれいになっていく満足感もあったが、自然の中で珍しい鳥が現れたり、
話しながら作業するとあっという間で、休憩時間のお昼ごはんが何よりも美味しく、
座禅をし、何よりもここに来ると同志がいるようでほっとして、
心がいっぱいになり満たされ帰途についた。

興味ある活動があれば気軽に参加してみてほしい。
体験し経験したことで新しい一歩が踏み出せ
一緒に未来をつくる仲間が生まれることを期待する。

日本の伝統や文化の中には今では思いもつかない自然との共存やこれまで培われてきた知恵や豊かさが詰まっている。この活動が日本中で伝統をみなおし、また新たな伝統文化が生まれるきっかけになればと願いながら、野見山さんや意志ある人と未来と創っていきたいとおもう。

「魂の喜びと生命の輝き」 -音立日子

2023/07/07

徳積財団様とのご縁は2022年の英彦山守静坊の蘇生感謝祭の少し前から始まりました。共通の知人から財団の野見山広明さんをご紹介され、あれよあれよという間に感謝祭の式典で奉納演奏させて頂く運びになりました。

式典の数週間前に守静坊と弁天様(英彦山宗像神社)に初めてご挨拶に伺った際は、坊と弁天様の繋がりをあまり感じることができなかったため、今回のお祭で繋がることを念頭において当日を迎えました。

当日の朝に弁天様のところで演奏すると、楽しい雰囲気の音と歌が自然に出てきました。
それまでは厳かな氣持ちで演奏に臨むつもりだったのですが、
「今日はみんなで楽しくお祝いするんだよ」というメッセージを弁天様から頂いたように感じ、心を新たにして坊に向かいました。

守静坊の感謝祭には、長期に渡って蘇生に関わってきた方々が多数いらっしゃいました。
徳積と結の精神を持った人達による場が出来上がる円環の最後に滑り込みで参加することができ、とても光栄で嬉しく思いました。

奉納演奏では、弁天様のところで流れてきた曲を少し歌った後に、開闢の導入歌である「入り口 Introitus」という曲を演奏致しました。会場の皆様と、守静坊におられる目に見えない存在達や弁天様、そして英彦山のエネルギーが渾然一体となって私に音を通してくれました。演奏中は強烈な恍惚感や、楽しく祝福されているような安心感に満ちあふれ、「繋がった」感覚もありました。

守静坊や徳積財団様とはその後もご縁が続き、妙見神社(ブロックチェーン神社)例大祭や仙人苦楽部など、様々な形で関わらせて頂いております。

私は音楽を通じて平和で幸せな世界を創造する活動をしており、一番大事にしているのは普遍性や根源的なものです。人はそういったものに触れるとき、魂が喜び生命が輝くのだと思います。

徳積や結の集合意識的な精神はそういった本質に繋がるためにとても大事だと感じておりますので、徳積財団様の活動でさらに仲間が集い、素晴らしい世の中になりますよう願っております。

「茅葺屋根が人と人を繋ぎ時代を繋ぐ」 -植田龍雄

2023/07/07

私達は英彦山最古の宿坊である守静坊復活のお手伝いをさせていただきました。茅葺を知る人も少なくなり茅葺も希少になってきた中での結を中心とした茅葺復活。
数十年タイムカプセルであるトタンに覆われ当時のまま大切に保存されていた茅葺屋根が姿を現す事が出来たのです。
先人達から受け継がれてきた文化と伝統を次の時代を担う子供達へと繋げていきたい、その想いが多くの人に連鎖し今回の宿坊再生を成功させたと思います。私自身も宿坊復活に携われた事を非常に嬉しく思います。
そもそも茅葺屋根とは今から約70年前までは当たり前のように存在し、小集落の地域ごとに相互扶助によって守られてきました。茅を切り、縄を編み、竹を準備し皆で屋根を作る。それをお互いが助け合い無償で行う、それが結の形でした。
高度経済成長期に入り、猛スピードで日本は変化し生活のスタイルも変わりました。それまで守られてきた文化も失われ、結で成り立っていた茅葺も次々と姿を消し今では茅葺職人のみによって茅葺は守られるようになりました。時代が進み人と人の繋がりが薄れてきたように感じます。
そんな中、今回の守静坊復活では多くの方々とご縁をいただき、今では見られなくなった結での茅葺葺き替えが出来た事に私は感謝しています。約100年前に葺かれたであろう守静坊も結で行われており、今回も結での葺き替え。私たちは時代を越え先人達と同じように繋がる事ができたのです。屋根を剥がす時に遠い昔葺かれた方々の知恵や想い、声を感じ教えてもらう事ができました。
100名以上の子どもから大人までが集まり互いに協力し合い、作り上げるために汗を流す姿に私は茅葺の本来の姿を見ることができ原点を感じました。

多くの方々と復活させたこの守静坊を次の時代にも繋げていきたい。結を中心として守る事で先人達と繋がっていけるのです。
本物をそのままの形で残し、先人から教えてもらった技術を伝承する事で全てが喜びに変わるのだと信じています。
徳を積む。全てに感謝し時代を越えて繋げていくこと。これからもご縁を大切に繋げていきます。

「私が感動した活動について」-母里聖徳

2023/07/07

私が、野見山さん達の活動を知ったのは、2021年の春ごろでした。記紀万葉研究家の福永晋三先生が新しくできた財団のオープニングセレモニーで「倭国,豊国説」の話をされて、素晴らしい会場で気持ちよく話ができたと聞いた時で、古代史好きな私は筑豊にも頼もしい財団が生まれたものだと喜びました。すぐに連絡を取り、今までの活動を知ることでさらに興味を持ちました。組織の母体としては、IT系の仕事をされていて、財団の活動としては、地元の特色を活かした地域活動をされていました。その中でも注目したのは日本の歴史、伝統、文化を大切にして現代社会の問題をテーマに勉強会を開催し坦々と楽しみながら取り組んでいたことです。古民家を確信したコンセプトをもとに甦らせて、そこを学びの現場として行われる行事は魅力的で経済性、合理性、利便性など、現代人が美徳として確信している事柄を再考する機会となり、理屈抜きにポジティブに関わることができ、爽やかな気持ちになれることが多くありました。このような取り組みを通して自らを律し日々徳を積み上げていくと言う素晴らしい活動です。IT系の企業が(野見山さんはブロックチェーンの研究者でもあるらしい)リードして遠賀川流域を中心に古代思考を取り込み、地域活動として運営する徳積財団が、この2年間で行っている活動は、地域社会の活動をしっかりと見据えてこれからの私たちの生き方をあらゆる角度から試行錯誤する現場だと思います。今行っている徳積財団のこれらの取り組みは、現代人が真剣に取り組まなければならないことであり、筑豊から発信することができる。今現在においてもっとも、最先端の社会活動であり、芸術文化活動であると考えます。